えぴそーど じゅうに おくることば
上層部の姑っぷりは衰えを知らず、休憩中の〇〇ちゃん呼びや、トイレの時間帯さえも警告がありました。
しかも、人伝えに。
やれやれ。
対して上層部以外のレディース&ジェントルマン ボーイズ&ガールズ たちのいい人っぷりも安定力があります。
先述のように、辞めていく人がとっても多く、それはそれは引き止めたい気持ちでいっぱいですが、いかんせんパッパラパーの支配下からの脱却は、大変晴れ晴れしい卒業なので、応援せざるをえません。
適切な贈る言葉は、
お疲れ様でした < おめでとうございます
となります。
まもなく大好きな「しっかりものなのに天然系」のおねえちゃんが卒業してしまいます。本当に悲しいですが、辞める選択は100%大正解なので、仕方ありません。
辞めていったたくさんの人も、いつかまた、一緒に仕事したいな、と思っています。
ただ、今という瞬間から、顔みたくないなって人もいます。
毎日が夢の共存ですね。
えぴそーど じゅういち てんきほうこく
【基本的営業部の尊重】を与えられている営業部には、毎日の朝礼での外勤報告がマストです。
ただ、その内容には一定の制限があり、《社内に危機感をもたせる話》または《外勤時の苦労話》に限られます。いかに営業が辛く苦しんでいるかアピールをしろ、とのことです。
この論点からずれて、例えば商品が褒められた話などをしようものなら、もちろん指導が入ります。
となると、統括チーフお好みの報告をするのが無難です。その鉄板ネタが下記となります。
*雨に濡れて大変だった
*台風直撃で大変だった
*暑くて(寒くて)大変だった
お天気お姉さんでも報告できる内容ですが、統括チーフはこれで満足げです。
こんな報告をする営業部に、信頼も安心感もなく、まったく役に立たない内容を朝から聞かされて、誰も得しない時間が、ただ穏やかを装って流れます。
えぴそーど じゅう えいぎょうぶ
大日本帝国憲法下の天皇ばりの、圧倒的権力のある【絶対りじちょう主義】の他に、【基本的営業部の尊重】という思想があります。
なにをするにも、まずは営業部、というものです。
営業統括チーフは【外に出ている私達こそが、一番えらい】という思想を持っています。
そのため、社内の人には、武器を用意してもらい、持たせてもらい、洋服を着せてもらい、靴紐を結んでもらい、歯を磨いてもらい、忘れ物がないかチェックしてもらう、くらいしないと、仕事をしていない、と見なされがちです。超受動的。スーパーオートマチック。おかんか。
本来営業部がやるべき、売り方を考えることや、トレンドを知ること、営業トークに使えそうな資料集めなどは、まったくやりません。
なので、同行外勤の際には伝書鳩的な《口があればできる》営業をしていました。(むしろ電話でよかったんじゃ、と思うほど)
しかしながら、社内にいるときは、朝早くから夜遅くまで残っていて、この人いったい何してるのかな、という疑問が社内に充満しております。
そこで私、調べました。
なんと、
パソコンの効率化の本を読んでいました。
アビバいけよ。
だれか早めにポツダム宣言を!!!!!
えぴそーど きゅう ひりつ
仕事ができる人、そこそこの人、ダメな人の割合は、会社において2:6:2で構成されていると聞いたことがあります。
いくらダメな人を辞めさせたとしても、中間層だったそこそこの人から、ダメな人に格下げして、結局はいたちごっこになってしまうため、結局この構成比は経営上しかたがないということでした。
正直なところ、やっている業務内容がちがうので、その人ができるとか、できないとかは雰囲気でしかわかりませんが、少なくても上層部は限りなくおポンコツあそばされてます。
1日に何回も何回も何回も、おばかあそばされてるので、ネタには本当に困りません。毎週美味しい肴となっています。
そして、その美味しい肴を一緒にいただくメンバーが、見渡す限りマジ最高。
とびっきりのおポンコツがいるおかげて結束が高まり、チームワークと柔軟性とフットワークを兼ね備え、もはや目線で会話ができるような人たちです。
わたしの思う、いまの会社の構成は、8:2で一緒に働きたいと思える人、ポンコツ上層部かなと思っています。
この比率の欠点は、恐ろしく離職率が高いです。やってられないほど、2が絶望的に強力です。
8は充分仕事できるので、あとは統率力のある、我こそは、上の2だ!という方を募集しています。
えぴそーど はち びーだま
会社なので、それぞれの部署の立場から、自分の仕事をまっとうするわけで、
そのうちにそれがぶつかることがあって、協力していかなければできないこともあったりします。これは当然。
ところが、この協力ってことを全然やらないのが、あんぽんたん上層部。
なかでも目玉ビー玉でお馴染みの女統括チーフ、通称トカチの非協力ときたら、「あれ?この人日本語通じてるかな?」と疑問に思うほどです。(たまに本当に通じなくて、噛み砕いて説明している部下が可哀想でならないときもありますが生まれも育ちもド日本、ただし外国かぶれ)
自分の手はほとんど汚さず、後ろ向きの仕事は抜群の無責任ヒーロー力を活かして部下に投げ、その割にちょっと美味しそうな仕事は横取りするあたり、典型的なドラマの嫌な上司像にぴったりすぎて、篠原涼子の丁度逆くらいです。
他のえぴそーどに書いたように、絶対りじちょー主義のため、可愛そうだな、とは思いますが、いかんせん、コミュ障とKYと喧嘩腰の喋り方と取って付けたような威圧感を併発しているせいで、空回りして、オートマチック全員を敵に回すマシーンです。
マシーン繋がりですが、トカチは全ての人を同じプレス機にかけることによって、同じ形になって出てくると信じています。
よって、プレスしたのに、全然変形しない人に対しての免疫がなさすぎて、なす術を見つけられず、かと言って懐に飛び込むこともなく、上手に使える技量もなく、結果、自分の管轄外にしたり、辞めさせたりという魔法を使います。
おそらくこれがビー玉の目玉から放たれる唯一の技なんだろうな、と感じています。
えぴそーど なな あどばいす
最近もらった上司からのアドバイス
「準備するよりも、訪問しましょう」
…仕事は準備が大事と習いましたが。
たしかに上司との同行営業見てたら、訪問しても「確認します」ばっかりで、話し進まんなーとおもってた。
そっかそっか。
うん。
成功すれば何百万とかのお仕事だからね、だまって準備させてね(๑`・ᴗ・´๑)
えぴそーど ろく ぽえむ
私ジェネレーションは、学生時代のmixiに始まり、友人とのホームページ、ブログ、FacebookにTwitter、Instagramと、SNSに日記やつぶやきを書いて、不特定多数に見られることに抵抗がないお年頃です。
また、人に見られることがどういうことか、それが人にどう思われるか、ある程度の計算と思惑を乗せて書き込みます。もちろん、自分の主張はするものの、全員の共感を得たいとは思っていませんし、共有することが目的ではないので、心に染み込ませようなんておこがましいことは考えません。
表現方法を取捨選択しながら、自分の思い描く理想像を作り上げるために、いろんな手段を使います。あくまでも自分の主張は自分でして、それにイイねをしてもらったり、既読スルーだったり、それはそれで相手にゆだねます。
で、本題にはいります。
週に一度、朝礼にて詩の朗読があります。「目をつぶってお聞きください」と促され、国語の教科書バリに句読点をしっかりと意識して読んでくれます。
しかし、内容は朝から悲しくなるような絶望的なものや、どんだけ考えても意図がわからないような、かと言ってストーリー性があるわけではなく、なにかを諭されているようで、そうでもないような、とにかく朝に聞くにはどうもパッとせず、説得力もなく、え?これ何の時間?っと首を傾けたくなる時間、ベスト5に入るくらいの、簡潔にいえば100発100中で駄作!ってハンコをドーンと押せるような、そんな時間があります。
当初、どこからこんなダッサイ詩を選んで持ってきているのかと、総務部のセンスの悪さを疑っていましたが、謎は簡単に解けました。
作者理事長。
それを毎週目をつぶって聞かせるというなぞのプレイ。
SNSで、不特定多数に見られることに慣れている世代でも、考えられないプレイです。
人にどう思われるか考えただけで怖いです。
まず、人にそれを読ませる、という点。
自分の主張を人にさせるなんて、その人に申しわけないな、と思います。
次に目をつぶって聞かせる点。
何を染み込ませようしてるんだ、という図々しさにゾワゾワします。
最後に、作者不明な感じで読み上げられる点。
人に聞いて欲しいのであれば張り出すとか、自分の名前を出すとかすればいいのに、そこはあえてホワっとさせています。無責任な主張。
詩を書く事は素敵なことです。伝えたいことがあることもわかります。
そういう私も、中二のころ、なにかに詩を書いたりしていた気もします。今思い出すだけでこっぱずかしい過去です。でもそういう青臭い時代があったからこそ、表現方法を選んで、言葉を選んで、主張できます。
何が言いたいのかというと、朝礼のあの時間もテアトルだな、ということ。